FMおかざき

東海愛知新聞

衆院選振り返り

12区は政治風土に変化

重徳氏完勝 青山氏比例復活ならず

台風21号の接近で持ち越された衆院選愛知12区(岡崎・西尾市)の西尾市の開票が23日、同市総合体育館で行われ、無所属前職の重徳和彦氏(46)の当選が確定した。重徳氏に敗れた自民党前職の青山周平氏(40)は、惜敗率で比例復活の望みを絶たれた。青山氏を約4万5000票差で引き離し、小選挙区の連勝をつかんだ重徳氏。天候とともに政局が荒れた今回の衆院選を振り返る。(今井亮、竹内雅紀)

去就に注目

比例復活がない無所属という“背水の陣”で挑んだ重徳氏。比例復活当選と初の小選挙区勝利によるこれまでの2期4年10カ月は、在籍した維新の党(当時)や今回の民進党の分裂に翻弄されてきた。

政党という看板が掛けかわっても、国会と並行して岡崎、西尾両市と幸田町内の行事・イベントなどを細かく回り続け、地域密着にこだわった。民進の愛知12区公認候補になってから労組という組織票を新たに得た一方で、着実に保守・無党派層に支持を広げてきた成果が、今回の結果に表れた。

9月28日の衆院解散以降に慌ただしく結成された希望の党の公認をめぐる民進分裂。立候補に当たり、「公認」を信じて疑わなかった重徳氏が直面したのは、想定外の「公認なし」だった。希望の代表を務める小池百合子東京都知事から具体的な理由の説明はなかった。「もしもこの選挙で当選したら、小池代表に公認を出さなかった真意を問いたい」(重徳氏)

迫る公示に向けて希望の全国的な公認候補者調整が二転三転する流動的な状況の中、重徳氏は「政党の看板や党首の顔に頼らない『志一本』で戦う」と、公示を待たずに無所属での立候補を決めた。くしくも公示後、希望の党勢は急激に失速。結果的に「無所属」という選択は、労組という大きな支援を残したまま、入党に対する反発が少なくなかった「民進」という政党色の払拭へとつながった。

そんな重徳氏に青山陣営や自民の弁士は、相次いで批判を繰り返した。「無所属に国政でいったい何ができるというのか」。批判を意識してか、選挙運動も折り返しを迎えたころ、重徳氏からは選挙後の政界再編を見据えた言動が目立つようになった。

「いつまでも無所属でいいとは思わない。いつでも政権交代できるような力強い政治勢力の礎を、最も重視する地元である12区から作っていきたい」。政党政治が現実の国政。3期目に入る重徳氏の去就に注目が集まる。

戦略が不変

一方、重徳氏に大きく水をあけられ敗北した青山氏。保守層や推薦を受けた公明党の支持が伸び悩んだ結果、前回の衆院選で重徳氏につけられた約1万3000票の票差は約3.5倍に膨らみ、比例復活すら手のひらをすり抜けていった。

前回の「敗北」から始まった選挙運動。「露出を増やそう」。陣営は当初から「危機感」を漂わせていたが、旧態依然とした戦略に、敗北を教訓とした変化は見られなかった。青山氏を支える保守系の岡崎、西尾両市選出の県議会議員や両市議会議員の先導性をはじめ、陣営も一体感を欠いた。

青山氏は「ひとえに私の努力不足。これまでの活動を見直し、地元に根を下ろして再出発させていただきたい」と再起を誓った。

長らく自民が中心となってきた保守地盤とされる12区。重徳氏が小選挙区で連勝を収めた結果は、そんな政治風土に変化が起き始めていることを示唆している。重徳氏を支持し、自民に背を向けた保守・無党派層。「国政は政党政治」という現実とは対照的に、12区は「政党選挙」ではなくなったのかもしれない。

政界引退は否定

重徳陣営の総合選対本部長を務めた民進前職の中根康浩氏(55)は、立候補していた希望の比例代表東海ブロックでの当選はかなわなかった。

中根氏は24日、本紙の取材に対し「民進での約束事だった小選挙区は重徳氏、比例東海ブロック単独1位は私―という構図が、希望ではかなわなかった。正直納得いかない部分もあるが、政党の離合集散による影響でやむを得ないところもあった」と振り返った。

重徳氏は公認が下りずに無所属で挑み、中根氏は「比例名簿24位」という前職としては不遇を受けた。「選挙期間中は重徳氏の応援に専念した。(比例名簿の順位から)私の当選はないと思っていた」と明かした。

注目が集まる今後の去就。「引き続き国政で働きたいという思いはある」としながらも「いったん整理をして、新しい方向に向かって気持ちを切り替えたい」と政界引退については否定。「残された道において、どこに狙いを定めていくのか慎重に見極めたい」と意欲を語った。

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