東海愛知新聞バックナンバー

 6月5日【金】

服部臣宏さん遺作展

作品200点とデッサン帳も
岡崎市殿橋ギャラリー

昨年7月、95歳で亡くなった日本美術家連盟名誉会員の画家・服部臣宏さんの「遺作展」が、同市殿橋ギャラリーで開かれている。水彩画を中心に初期から晩年までの作品約200点のほか、デッサン帳もある。会場にはケーブルテレビ・ミクスで放送された服部さんを特集した番組のビデオも流され、訪れた市民が作品を鑑賞しながら服部さんの人柄をしのんでいる。14日まで。

■ポスターで金賞

服部さんは大正2(1913)年、男川村大平(現在の岡崎市大平町)で生まれた。小さいころから絵が好きで、昭和12(1937)年、名古屋汎太平洋博覧会の公募ポスターで金賞を受賞。48年に店舗設計などを請け負う青紅社(現在のセイコー社)を設立した。

本格的に絵を学び始めたのは50歳を過ぎてから。日展評議員で白日会会員の柴田祐作さんに師事。日本水彩画会の会員になり、各地を旅行しながら絵を描いた。

55年には日本水彩画展で文部大臣賞を受賞。東海美術クラブを主宰したり、自宅で絵画教室を開いたりして後進の育成に努めた。

■基礎はデッサン

晩年まで「水彩画の基礎はデッサン」が口癖。会場に置かれたデッサン帳には、モデルのほか駅や街頭で見かけた人物デッサンもあり、おしゃれな洋服を着た男性の絵には、「HAIKARA」とローマ字でメモが書かれている。

放映されているビデオには、公開デッサンで絵筆を握る服部さんが登場。画家のほか、会計士、企業診断士、書家など幅広い分野での活躍を紹介。幼少で両親と生き分かれて苦労した経験から、「自分に負けてはだめだ」と後輩を励ましたと伝えている。

■気さくな人柄

服部さんが主宰した水彩画展、デッサン展に5年間、作品を出品したことがあるという半田市から訪れた男性(60)は「とにかく元気で、活気があった。気さくな人柄で、絵画に対するどんな質問にも答えてくれた」と振り返り、「多作な画家だったのですね」と展示された作品を鑑賞していた。

遺作展を企画した妻・鈴枝さん(69)は「たくさんの作品が残り、途中で一部の作品を入れ替えます。1人でも多くの人に見てもらいたい」と呼びかけている。


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