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東海愛知新聞

「岡崎南映劇場」19日で閉館

半世紀にわたり無休で上映
市内の映画館すべて消える

岡崎市柱町の成人映画館「岡崎南映劇場」=山田敏貴館主(73)=が、今月19日の上映を最後に閉館する。昭和31(1956年)年10月10日の開館から50年間、年中無休でチケットをもぎり続けた毎日。周辺の区画整理による行政の立ち退き通告で、その歴史を終えるとともに、市内の映画館はすべて消える。
 昭和55年ごろまで、同館は成人映画ではなく、大映、東宝、松竹の三社が配給する一般映画を2本立てで上映していた。「開館当初はテレビもなかった時代。唯一の娯楽だった映画をいかに安く楽しんでもらえるかが重要だった」(山田館主)
 私財を投げ打って開館した山田館主の父・守さん。町内会から「町を活気づけたい」と、住職のいなかった地蔵尊の跡地を誘致する条件で、映画館の建築を頼まれた。
 当時は付近住民のほか、周辺に日清紡戸崎工場、針崎工場、森永製菓岡崎工場などがあり、数千人の社員が働いていた。
 開館後すぐ、同館は繁盛した。入場を待つ行列がJR岡崎駅まで延び、入場前や休憩時間などは周辺の商店街もにぎわいを見せたという。
 しかし、テレビの普及が進むにつれ、一般映画の制作本数が激減。年間100本だったのが、30〜50本に減った。このため、それまでの年間上映本数に届かず、同じ作品を1カ月以上上映したこともある。
 守さんから経営を継いだ山田館主は、従業員や採算性などを考え、一般映画とは対照的に人気が上昇していた成人映画の専門館にすることを決めた。「その少し前から、一般映画と成人映画を一緒に上映していたが、(成人映画館にするのは)苦渋の決断だった。閉館も考えたが、映画館の存続を最優先させた」と打ち明ける。
 最近の客入りは全盛期の約10分の1ほどだが、従業員6人で週末のレイトショーを含め“週8日”上映してきた。「映画館をまちづくりに役立てたい」気持ちは変わらなかった。同時に「今まで支えてくれた地域や従業員には本当に感謝している」と話す。
 これまでを「すべては継続のための経営だった」と振り返る山田館主。「成人映画にも良い作品はあるけど、だからといって儲もうかったわけじゃない。映画館を維持するのに精一杯の50年だったよ」
 建物は今月中に取り壊される。

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